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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10548号 判決

東京都練馬区上石神井一丁目一二七番地石神井公園団地

原告 石神井公団住宅管理組合

右代表者理事長 樋口兼其

右訴訟代理人弁護士 一瀬英矢

右同所同団地九号棟二〇六号

被告 好本精

右訴訟代理人弁護士 西田公一

右当事者間の工作物撤去等請求事件について、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は別紙目録記載のバルコニー(以下本件バルコニーという。)の南側の手すり用障壁上に設置した窓(ガラス戸のほかこれをはめこむための木製およびアルミサッシ製の外わく部分を含む。)ならびに同東側隣家のバルコニーとの仕切板の上部に設けた回転窓を撤去せよ。被告は右各物件を撤去するほか本件バルコニーを改築してはならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一、原告組合は日本住宅公団が建設した石神井公園団地(以下本件団地という。)分譲住宅の買受人全員を組合員として組織されており、その目的および権限は、建物の区分所有等に関する法律、石神井公団住宅管理組合規約(以下本件規約という。)および石神井公団住宅管理組合建築協定(以下単に建築協定という。)に定められたところにより、右分譲住宅の共用部分を管理し、かつ同部分の使用に伴う組合員の共同利益を維持するため必要な業務を行なうとともに、建物またはその敷地もしくは附属施設の管理または使用に関する組合員相互間の事項を処理執行することにある。

二、右の規約および建築協定は、昭和四二年九月二一日原告組合の創立総会において被告を含む出席者全員の一致により可決承認され、そのころ総会欠席者を含む同組合員全員の書面による合意により設定されて発効したものである。

三、建築協定第一一条によると、原告組合の構成員は本件団地においてそれぞれ所有する建物部分のバルコニーを改築してはならないものとされている。

四、ところで、被告は、本件バルコニーを含む別紙目録冒頭記載の建物部分を所有し、原告組合の一構成員となっているものであるが、昭和四三年一二月ごろ、右バルコニー南側の手すり用障壁を利用してその上の空間部分に木製およびアルミサッシ製のわくを付設し、これにアルミサッシ製のガラス戸をはめこんで窓を設置し、この窓と右手すり用障壁が一体となって建物の外壁を構成するに至らせ、さらに、右バルコニーと東側隣家のバルコニーとの境の仕切板の左右のすき間をベニヤ板でふさぎ、その上部に回転窓をとりつけ、これらによってバルコニーを外気と遮断された独立の部屋となし、その壁面と天井の全面に保温用発泡スチロールを張りつめて、これを温室として利用するに至った。

五、被告のなした右工事は、前記のとおり建築協定により禁止されているバルコニーの改築であって、原告組合員の共同の利益を侵害するものであるから、被告は右工事による付加部分を撤去し原状に復すべき義務がある。

のみならず、被告が右のとおり建築協定に違反する本件バルコニーの改築を敢えてしたところにかんがみると、被告は将来再び右バルコニーを改築して原告組合員の共同利益を侵すおそれがあるから、原告はあらかじめこれを防止する必要がある。

六、よって、原告は、被告に対し前記アルミサッシ窓および回転窓の撤去を求めると共に、被告が本件バルコニーを改築してはならない旨の判決を求める。

と述べ(た。)

立証≪省略≫

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

請求原因第一項中、原告組合が本件団地内の建物又はその敷地もしくは付属施設の管理又は使用に関する組合員相互間の事項を処理執行する権限をもつことは不知、その余の事実は認める。

同第二ないし第四項の各事実は認める。

同第五項は争う。

と述べ(た。)立証≪省略≫

理由

一、原告組合の構成、目的および権限についての請求原因第一項の事実は、同組合が本件団地内の建物又はその敷地もしくは付属施設の管理又は使用に関する同組合員相互間の事項を処理する目的ないし権限をも有するものであるかどうかの点を除き、当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によれば、原告組合は、本件分譲住宅の共用部分の管理等の業務を行う(このことは当事者間に争いがない。)ばかりでなく、本件団地内の建物自体又はその敷地もしくは付属施設についても原告主張のごとき事項を処理する目的ないし権限を有するものであることを認めることができる。

二、ところで、本件規約および建築協定は請求原因第二項のとおりの経緯で設定されたものであること、建築協定第一一条は請求原因第三項のとおりバルコニーの改築を禁止する旨規定していること、被告は、本件バルコニーを含む別紙目録冒頭記載の建物部分を所有し、原告組合の一構成員であること、被告は、請求原因第四項のとおり、右バルコニーに造作を施してアルミサッシ窓および回転窓を設置し、バルコニーの原状を変えてこれを温室として利用していることは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、本件規約および建築協定が設立された右経緯および≪証拠省略≫によると、本件規約はもとよりのこと建築協定も建物区分所有法第二三条以下にいわゆる規約に該当するものであり、したがって、それらに規定されているところは、原告組合の構成員相互の単なる債権契約を示すにすぎないものではなく、それ自体によりいずれも原告組合の構成員を拘束する効力を有するものと解すべきである。

三、そこですすんで、被告が右のとおり本件バルコニーに造作を施してその原状を変更した行為が本件団地内建物のバルコニーの改築を禁止する前記建築協定の規定に牴触するかどうかを判断するに、まず、≪証拠省略≫によると、建築協定は、原告組合の構成員らが本件団地内において所有する各住宅部分および土地等の利用方法等に関し一定の基準を定め、団地内の共同生活の円滑な運営と生活環境の維持改善を計ることを目的として設定されたものであること、同協定が前記のとおりバルコニーの改築を禁止することとした理由の第一は、各住宅所有者が各別にバルコニーを改築すると、当該建物の美観をそこなうことがあるためであること、その第二は、本件団地内の各住宅部分は鉄骨造りであるが、これに付設されている各バルコニー部分は鉄筋造りで一定限度以上の重量が加わるとバルコニーの存立に危険を及ぼすことがあるためであること、その第三は、各バルコニーは、隣家のバルコニーと接続していて、その間の仕切板は或る程度の力を加えると容易にとりはずせる構造となっているので、相互に非常の際の避難路の効用を有し、したがってこれを改築するとその効用が非常の際に発見されないこととなるからであることを認めることができる。したがって、原告組合の構成員がそれぞれ所有する住宅部分に付属するバルコニーを改造しても、それが右第一ないし第三の事態を生じさせることにより本件団地内の住民の共同の利益を害するおそれのあるものでない限り、その改造は建築協定によって禁止されている改築に該当しないものと解するのが相当である。

のみならず、バルコニーの改造が右協定の禁止する改築にあたるかどうかを判断するに当っては、当該バルコニーを含む住宅区分の所有者が所有権にもとづいてその内部において有すべき自由をも考慮し、しかもバルコニーの改築ということの性質にかんがみ、共同の利益のためにこれを制限する範囲は必要最少限度にとどめるべきである。

以上のことを本件についてみるに、被告が本件バルコニーについてなした造作の程度および方法が請求原因第四項のとおりであることは、前記のとおり当事者間に争いがなく、右事実に≪証拠省略≫を総合すれば、被告は、本件アルミサッシ窓を設置するに当っては、外部から体裁よく見えるように配慮し、その内部には観葉植物などの鉢植えを並べているものであって、成程右窓の設置は、建物全体の美観を損じるものではなく、本件団地内の他の居住者の相当数がバルコニーに簡易物置小屋を設置したり、洗たく物を満艦飾にさらしたりなどしている状況(この状況は、≪証拠省略≫により認める。)に比すれば、建物の美観の観点から特段とやかくいうににたりない程度のものであることが認められる。

さらに、当事者間に争いのない前掲事実によれば、被告のなした本件造作が本件バルコニーに過大な重力を与え、バルコニーの存立に危険を及ぼし、ひいては建物自体を毀損するおそれがある程のものとは到底考えられず、また、≪証拠省略≫を総合すれば、本件バルコニーとその東側隣家である角脇方のバルコニーとの仕切板には厚さ三センチ程の発泡スチロール板が糊付けにより接着してあるが、これは特段右仕切板の構造をかえて右角脇方において非常の場合にこれを突き破ることを困難にしているものではなく、しかも右角脇方においては被告が右造作を施したことに別段不満はなくこれを承認しているものであることを認めることができる(バルコニーが隣家にとって非常の際の避難路となるためにバルコニーの改築を禁止することは、純然たる相隣関係を律するものであるから、当事者の合意により右の禁止を解くことは自由である。したがって、右のとおり角脇方において被告のなした造作を承認している以上、この点からしても、右造作が隣家の非常用避難路としてのバルコニーの効用を失わせるかどうかの面から建築協定の禁止する改築にあたるかどうかを詮索する余地はないことになる。)。

そして、他に被告が本件バルコニーにつきなした改造が原告組合の他の構成員の共同の利益を害すると認めるべき事情は見出し得ない。

そうすると、被告の右改造行為は、先きに説示したところにてらし、前記のとおり建築協定が禁止する改築には該当しないものというべきである。

四、原告は、被告が本件バルコニーを改築することの予防をも求めるが、その前提として主張する本件バルコニーの改造が建築協定の禁止する改築にあたらないことは右に判断したとおりであり、他に特段被告が将来において本件バルコニーについて右協定の禁止する改築を敢えて実施するおそれがあると認めるにたりる証拠はない。

五、よって、原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥平守男)

〈以下省略〉

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